「あんぽら」 第1章 地下地下の賭け喧嘩 デビュー編 

「あんぽら」 第1章 地下地下の賭け喧嘩 デビュー編

3話 賭け喧嘩をはじめるクニヨシくんというヤクザ

黒のスーツでノーネクタイ、黒のグラサンをかけて黒光りのオールバックの細身の男がニカっーと薄ら笑いをしながら降りてきた。

「トモヤ、挨拶しとけ!クニヨシくんや!」

トモヤは声低めでウッス…と言いながらポケットに手を突っ込んだ。

頭を下げているショーキに向かって、ニヤニヤしながら ウィ~!ウィ~!と拳を突き出しあおってくるが、ウッス!ウッス!と返事ばかりをしてまったく拳を合わさないショーキ。クニヨシくんはつまらなそうに「なんや、しょーもなぁ」と言い捨てた。

トモヤは幼馴染のショーキが姿勢を正し、威勢よく返事をする態度に驚いた。「オイさん、火ようてぇな」と在所独特の言い回しで年上でもタメ口をきき、いつもガニ股でアゴを上げながら歩いている姿しか見たことがなかったからだ。

「お前、今月上がりなんぼや?」

「いや、その、あと… まだ残ってて….」

「そうなんや~、ほな、これも捌いとけ」

と胸のポケットからゴムで縛られたビニール袋の塊をマジェスティのボンネットに投げた。シャブや!と本物をはじめて見たトモヤは固唾を飲んだ。

「いや….  まだ残ってます….  今月は無理です…..」

「俺なぁ、最近、耳が遠いさかい、もっかい言うてみ」

ショーキはガタガタと身体が震え出し、大粒の汗をかきはじめ、目のパチクリが止まらず、息が荒くなって黙っている。痺れを切らしたクニヨシくんがベルトあたりに手をかけて何かを取り出し、不意に思い切り足の付け根あたりを殴った。「グワァー、アァ~」と奇声を発しながら、後ろの花壇にひっくり返って転がるショーキ。一瞬のことに動揺したトモヤが声をあげた。

「ショーちゃん、大丈夫か!どないした?大丈夫か!」

「なんもない!なんもない!トモヤ、なんもない~!」

うめきながら叫び声をあげていると、大爆笑しているクニヨシくんの右手の指の間から血がついたナイフを握っているのが見えた。さっとベルトのバックルにナイフを戻して持っていたセッタに火をつけて、そのままうずくまって悶えているショーキにまくしたてた。

「そんな痛ないやろ、大袈裟やな~、役者やのぉ。ほんでショーキ、こいつ誰?」

「あ、あの、トモヤです。こいつトモヤ いいます」

「歳、なんぼや?」

「嘉楽中2年です」

「ほ~ん、あっそう、元気でええなぁ、なぁ ショーキ?」

右の太腿の付け根を押さえながら立ち上がったショーキは黙って大きくうなづいた。その時千北通りの交差点に、巡回のパトカーが近づいてきた。クニヨシくんがとっさに振り返り、グラサンを下にずらしてパトカーを見た。181号線の走行車線を横に塞いでいるマジェスティにどんどんと近づいてくる。パトカーのヘッドライトに照らされる汚れた白いジャージのショーキと立ちすくむトモヤ。運転する警官をまばたきをせずに睨み続けるクニヨシくん。3人と目が合ったのに停車せずに通り過ぎていくパトカー。とっさに吸っていたセッタを走り去るパトカーに向かって投げつけ、物凄いダッシュで50m位追いかけていくクニヨシくん。

千北の交差点 181号線の看板

 

その狂犬のような勢いで駆けていく後ろ姿を見ながら「なんやこの人!これがほんまのヤクザか」とトモヤはゾッとして血の気が引いていった。足元にはジャム瓶が転がり、灰がアスファルトに散乱していた。

クニヨシくんが新しいセッタに火をつけ、ゆっくり歩きながら戻ってくる。

「おい、ショーキ。明後日ぇ、あれやんぞ、誰か見つかったけ?客も入るしな、オジキやらカシラやら皆来るさかいなぁ~」

「あの、コイツが出ます、コイツが出ます!」

「あっ?お前が出んの?」

とその時はじめてクニヨシくんがトモヤを見た。グラサンを外してYシャツのポケットにしまい、瞳孔がバッチリと開いた大きな二重の目をトモヤの顔に近づけた。そのままずっとトモヤの目を見ながらゆっくりと低い声で言い続けた。

「おい、ショーキ、コイツ下手売ったらどうする?お前どうやってケツふく?」

「こ、こいつは、下手打たないヤツです…. 下手は打ちません…..」

ショーキは自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。刺された足の付け根から垂れる血を親指で押さえて、クニヨシくんとトモヤ のやりとりを見ている。トモヤは目をそらしたら絶対に刺されると思い、必死の思いでクニヨシくんの開いた瞳孔を見続けた。

「明後日までに決めとけや、明日まだあるからな、よろしく~」

そう言うとガンをつけたまま口元がニヤッと笑って、ウィ~、ウィ~、と拳をトモヤの胸に突き出してきた。あっ!ショーちゃんがやらなかったウィ~や!と一瞬ひるんだが、やらなきゃ俺ら殺される!と両手でクニヨシくんの拳を思いっきり握りしめて声を高く張り上げた。

「俺がやったります!やったります!」

「ほ~、ほな明後日こいよ」

クニヨシくんは乾いた声でトモヤの耳元でボソッと言った。

ウィ~

 

写真 あんぽら  / デザイン 櫻井浩(⑥Design)

 

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