【瓜田純士】「新宿で発砲事件発生」に思う時代の変化

【瓜田純士】「新宿で発砲事件発生」に思う時代の変化

【速報】「新宿で発砲事件発生」に思う
不良に対する時代の変化(瓜田純士)

瓜田純士
うりた・じゅんし。1979年、新宿歌舞伎町に生まれる。少年期を不良として過ごし、10代を暴力団に捧げて、獄中に。懲役で物書きに目覚める。著書に『ドブネズミのバラード』等多数。『遺書〜関東連合崩壊の真実とある兄弟の絆〜』がベストセラーとなる。地下格闘技やTHE OUTSIDERにはアウトローのカリスマとして参戦していた

チャカと不良

昨夜、なんとなくネットニュースを見ていたら「新宿で発砲事件発生」の文字が目に飛び込み、一瞬、昔のニュースが間違って表示されているのかと思った。
自身は「不良」をリタイヤしているので、この「新宿で発砲事件発生」に関しては一切触れるつもりはないが、これまで見てきた過去を思い出しながら、発砲事件について書いて見たい。
「パン」「パン」否、「タン」「タン」「ターン」「ターン」
こんな音だろうか? 発砲音は。
子供の頃、当時住んでいた新宿富久町の辺りでは、某指定暴力団の本部事務所の入ったビルの窓ガラスは割れたままになっていたから、友達と何度もそこを通ったり、見に行ったよ。ヤクザになってからは、組の先輩たちの体験した話を良く聞いた。
「下の○○ラーメンで焼肉定食頼んでたんだよ。そしたらよぉ、やたらと早いんだよ。持ってくんのがな。『早いね』なんて開けたらパンパンパンってな」
その先輩は肩に銃弾を受けたと言っていた。
昔、大久保に「日掛けアパート」と呼ばれる、賃料を大家に直接毎日日払いで払って荷物も持たずにその日から住める名義人や保証人要らずの「ヤサ」があって、俺もそこにいたことがある。
隣に住んでいたのは、これまた良く知っているポン中のヤクザだった。小さなバルコニーの窓越しに良く話をしていたよ。そのアパートにはまた別のヤクザが、柄を隠して住んでいたらしくて、そこがたまたま抗争中で、俺の先輩の部屋は間違えられて撃ち込まれちゃったんだよ。
その後も、中々目の前で起きないな、なんて思っていたある日、自分とこの親分たちが新宿5丁目のビジネスホテルのラウンジで、四谷署のマルボウと抗争の経緯なんかをお茶を飲んで話しているところに、漫画や映画よろしく、バイクに乗ったヒットマンが銃弾を数発撃ち込んで、そのままバイクで逃げたんだ。
「ターン」「ターン」「ターン」
ホテルの反対側で弁当を注文していた俺は、大事なガードの最中だったから、泡喰って弁当屋からバイクの去った方へ走り、追いかけるようなパフォーマンスをしたんだけど、「余計な事すんな」と先輩方に怒られたよ。

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