元犯人激白! 「偽装結婚」の現場

マニラの高級レストランで行われた「顔見せ」に来た身売り女

元犯人激白!フィリピンで「偽装結婚」の現場見た

3度の渡航はカモフラージュ

ホテルの喫茶店で談笑していると、フィリピン人の女が6人入ってきて、少し離れたテーブルに座った。
「オレ、たぶんあれだ‥」
事前に写真を見たといっていたTがつぶやくと、向こうも気づいてこちらに笑顔を向ける。でも、「会話」はそれだけ。またそれぞれのテーブルでの雑談が始まった。これから結婚手続きをする3人の女はみな若くて華奢で色気があり、実に楽しそうに笑顔で話しているが、どこかに同年齢の日本人女性にはない覚悟が見える。
日本も狂いきった暑さだったが、フィリピンの首都マニラはそれ以上だ。室内に入れば音のうるさいクーラーが24時間年中無休で稼動し、その中で熱湯が注がれたばかりのインスタントコーヒーを飲むことになる。
Tがこの「旅行」の誘いをはじめて受けたのは3ヶ月前のこと。
「『外人と結婚しないか』っていうんで『わけわかんねーよ。なんでだよ』って言ったら、毎月金が入るっていうから」
30代も後半になり離婚して最近また遊んでくれるようになった地元の友人の口から出た条件は、海外旅行と豪遊、毎月4万円の寝てても入る不労所得だった。もちろん、真っ先に脳裏をかすめたのは「戸籍が汚れたら人生終わりだ」という常識だったが、そんなものはすぐに消えた。
地元の高校を出て、職を転々としつつもそこそこまじめに働いてここまで来た。いくら働いても貯まらない金。早いうちに結婚して子どもをもった友達はそれを守るための「まじめ」だったが、自分は何のための「まじめ」なのか。
車のため? 家電のため? ブランド物のため? そう自問自答をしているところにすっと入ってきた今回の「縁談」。相手は日本でしこたま稼ぎ、オレはその一部をもらう。
もちろん一緒に住む必要も何か自分の生活を拘束されることもない。誰も損をしない、それどころか…。
今回のフィリピンが人生初の海外。飛行機にのったのもはじめてだった。
同行する30代と20代1名ずつ、2人の「新郎」たちも同じ境遇のようだ。フィリピンへの滞在は3~4日で、最低でも3回は旅行をする「必要」がある。それは「1回目に女と出会い、2回目にその家族に紹介され結婚の手続きをし、3回目に結婚式を挙げる」という「自然な流れ」を作るためだ。
とは言え、日本の入管に出すための書類と証拠写真を用意するためにさく以外の時間は自由に遊んでいていい。昼はデパートでの偽造ブランド品あさり、マッサージ、実弾射撃、遊園地、夜はフィリピンパブ、売春デートクラブ。
何でも希望すればプロモーターが手配をし、金も払ってくれる。はじめて空港のゲートで会った時、着古したよれよれのジャージにスポーツバックで「無職」だと言った20代の男は、日本では経験できない夜の世界での豪遊に目を輝かせている。
しかし、その彼が「これで毎月2万円もらえるなんて」ともらすとその場にいた全員が聞いて聞かぬふりをし押し黙った。

きれいな戸籍なんて必要ない

日本に帰った彼らを待っているのは、最低3年間は毎月続くと言われている収入、そして摘発のリスクだ。毎月の収入は人によって違う。それはプロモーターとの間の仲介者のピンはねが入るからだ。プロモーターから直接もらえば毎月5万円だが、大体は間に仲介者が1~3名入るため少しずつ抜かれていく。
しかし、「きれいな戸籍」なんていう常識の針が振り切れている彼らにとって金額の多寡は問題ではない。貰える、それだけでいい。普通に生きている限り戸籍が必要になることなどほとんどない。
もし本当に結婚することになったら、普通にバツ1だということにすればいい。むしろ実質的な問題となるのは偽装結婚の摘発だ。近年のフィリピン人の日本入国規制は非常に厳しく、2000年代前半に年間10万人以上いた入国者は現在6000人程度と、実に5年間ほどの間に10分の1になっている。ニュース・新聞でも定期的にフィリピン人の不法滞在の摘発が取りざたされる。
しかし、それでも「うちは前から結婚に切り替えてたから全然余裕」と語るのは、現在70歳を超えて引退した先代からこの生業を継いだという2代目プロモーターだ。
そもそも、10年ほど前までフィリピン人の多くは「タレントビザ」をとって来日していた。
このビザは、本来は繁華街やホテルなどのパブで歌や踊りをみせる外国人を対象としたものだったが、徐々にタレント業という建前は消え、実際はホステス業をするようになった。
それを、外国人人口の増加と外国人犯罪の問題化、さらには「フィリピン人女性を性的に搾取してる日本は人身売買国家だ」という国際的な批判の中で当局が積極的に「タレントビザ」を摘発するようになって来たのが近年だ。
だが、現在でも日本に渡りたいフィリピン人とそれを糊口をしのぐ手段にする日本人の利害は一致する。そこで偽装結婚が行われるという流れである。

緩い捜査のスキを突く

1件の偽装結婚を成約させた結果、3~4年のうちに600万円の金がプロモーターのもとで動くという。しかし、驚くのは得られる金額に比しての罪の軽さだ。今の日本に「偽装結婚罪」という罪はないのである。摘発するとすれば法的な根拠は「公正証書原本不実記載」。
「まあ、文書偽造したってことだけど、人を殺めたわけでもない。まず実刑はないし、どんなに重くても普通は1年以下の懲役ですむ」(プロモーター)
軽いのは罪だけではない。捜査も、他の犯罪に比べて極めて緩い。というのは、通常、偽装結婚の捜査を担当するのは法務省入国管理局、いわゆる入管だが、普段から大々的な捜査があるわけではなく、めぼしをつけたところにランダムに電話や訪問調査がある程度。その際に、「配偶者」の下着や一緒にとった写真、結婚に関する書類があれば、それ以上は立ち入ってこない。
これは何も入管の捜査が弱腰だというわけではない。もし本当に国際結婚をしている家に入り、家族のプライベートな物品を無理に提示させて「本当は結婚なんてしてないんじゃないのか?」などとやった際には、それこそ人権問題、国際問題に発展しかねない。その問題の微妙さをついて生きながらえているのがこの「偽装結婚ビザ」なのだ。
このプロモーターは、新規の結婚のために毎月数名の日本人をつれてマニラを訪れる生活を10年近く続けている。金のほしそうな日本人を集められる腕さえあればこの商売ができるかというとそんな簡単な話ではない。日本人の男とは、数年間にわたって常に連絡が取り続けられる状態になければならない。カネに困っていて信頼に足りる人間出なければならない。
そして何より重要なのは、フィリピンでの「仕入れの力」を決定付けるコネだ。
ちゃんと手付金を用意し、日本に来てもまじめに、従順に働くことが見込める条件のいい女を夜のマニラにある馴染みの店を歩きながら常にあたる。日本につれてきた女には職場斡旋はもちろん、住居、送迎から生活の全ての面倒をみる。
それは、給料の管理までも含み、最低限の生活費を本人に渡し、もとから話がついていた送金額をフィリピンに送り、そこから浮いた額は手数料として全て搾り取る。
もちろん、摘発への対策も十分だ。「身売りの村娘」の若さを金に変える「置屋」が現代日本に生きながらえる。
後日、3名が3回のフィリピン訪問を経て無事「結婚」したという連絡が入った。あの3人の女たちがすでに日本での生活を始めているのかは知らない。
今後使われることのない男物の下着と、開かれることのない結婚写真がはさまるアルバムが転がった部屋で始まる、旦那とは別居状態の奇妙な「結婚生活」。窓から射し込む朝日の中でまどろむ女はどんな夢をみるのだろうか。(高橋開)

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