【闇シリーズ】ニッポン最後の怪人・康芳夫の「暗黒老人日記」その3

【闇シリーズ】ニッポン最後の怪人康芳夫の
「暗黒老人日記」第三回 麻原彰晃が来た(その3)

四流教祖を持ち上げたA級戦犯との対決

1995年5月×日。
しかし、今だに解せないのは、かの吉本隆明が麻原を《現代のキリストだ》と評したことである。
吉本隆明といえば私が学生の頃から当代を代表する批評家として知られる人物であり、晩年は実娘である吉本ばななの文壇での活躍で若い世代にも知られたが、最後までその論客として影響力を持ち続けた人物だ。
私は学生時代から吉本と交流があったから、手紙で質問状を送った。「なぜあなたは麻原をキリストだと思ったのか」と。
ところが、3回手紙を出しても返事がこない。つまり、彼は、コメントを拒否していた。
そこで私は、明治大学で行なわれた吉本の講演に押しかけた。ところが、会場はガラガラであるが「今は満員では入れません」と入り口で止められる。完全にシャットアウトされていたのである。
ここで一番大事なところは、吉本が《現代のキリスト》と評したことを、訂正も何もしないで死んでしまったことにある。
だが私はなにも「訂正しろ」などというちゃちなことをいいたいわけではなく、「今、君は麻原をどう思っているのか」という手紙を出していただけなのだ。
だが結局、彼の言葉は出てこなかった。事件後、麻原が収監されても、吉本はノーコメントだった。
私個人の最終的な判断でいうならば、麻原は「オウム事件」の最高責任者であるが、実際に事件に関与しなかった可能性もあると思っている。
だが、教祖ならば責任はとるべきだ。
「全ての責任は僕にあります」と法廷で発言して、その後一切の発言を拒んだまま黙って死刑になれば、吉本隆明の言った「現代のキリスト」というのも、わからんわけじゃない。
けれどもヤツは「ああでもない、こうでもない」と言い訳を繰り返してるだけだった。
だから私は、「こいつは駄目だ」「四流の宗教家でしかない」と断じるに至ったのだ。
隆明の弟子の鹿島茂とは猪瀬直樹くんの結婚式で会ったから、そこでも吉本の話を出したんだが、鹿島くんも「コメントは勘弁してください」である。
思えば、吉本以外にも麻原を支えた文化人は多い。中でも、中沢新一くんはA級戦犯だろう。麻原は彼のところにしょっちゅう出入りして、中沢くんもずいぶんと煽っていたはずなのに、事件が起きたら黙りこくったきり。典型的な《オポチュニスト》といえる。現在は明治大学で教授をやっているらしいが、あの態度では、《ただのゴミ》でしかないだろう。
それともう一人、「オウム事件」の“陰の賛同者”は、亡くなった堤清二である。彼も中沢君と対談して、盛んに麻原を持ち上げていた一人なのだ。彼は元共産党員であるから、先鋭的な指導者に傾倒するのもわからぬことではないが。
宗教的狂気については中沢くんなり吉本なりの判断で構わないが、それは決して市民社会では受け入れられないものである。

profile
康芳夫(こう・よしお)
1937年東京生まれ。《虚業家》を自称し、1970年代〜1980年代にかけて「謎の類人猿オリバーくん」「国際ネッシー探検隊」「モハメド・アリ招聘」等々奇想天外な企画を連発した《国際暗黒プロデューサー》。
『家畜人ヤプー』の全権代理人としても知られ、現在は80代を超えて俳優業に進出。映画『渇き。』『ディアスポリス』『干支天使チアラット』等で怪優として存在感を発揮している。
・公式ツイッター=@kyojinkouyoshio
・公式サイト=http://yapou.club
・有料メルマガ『全地球を睥睨(へいげい)するスフィンクス『康芳夫』メールマガジンそして「家畜人ヤプー」通信
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