アウトロードキュメント: 鬼 前編

鬼が初めて上京したのは17歳の頃、時代はまだ90年代なかばのことだった。

「東京に来れば何かある」。 何もない地元に嫌気がさしてボストンバックひとつ、そんなことをしてみたい年頃でもあった。
「来てはみたはいいものの、新宿はこの辺ぶらぶらして終わりだったけど。ガキだからすることなんか知れてんじゃん。渋谷にマジックマッシュルーム買いに行ってみたりとかな。それでも何ヶ月かはいたんだよ。 吉祥寺に住んで蒲田で働いて、これでも和食屋で大根の面とってたからね。板前は食いっぱぐれねえ、みたいな話聞くじゃん? 発想が貧乏なんだよ、基本」
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結局遊びすぎて金が尽き、補導され地元に帰らされたと笑う。

ふたたび上京した時には22歳になっていた。身軽だった10代とは状況はちがい、身体を縛るものがあった。

「その時も金があるとこに行かなきゃ金がもらえないと思って来た……のもあるけど、札が出ちゃってたから、潜るしかないってのが本当のとこで。したら東京しかねえじゃん。人を隠せば人、みたいな感じになってくるよね。雑多でいろんな人いるからラク。隠れんのに」
身分をかくし、池袋のウィークリーマンションに部屋を借りてホストクラブで働いた。客を抱くだけでは飽きたらず池袋じゅうのソープランドへ通った。自堕落なそんな生活に終わりがきた時の情景は、1stアルバムに収められた『甘い思い出』に綴られている。

歌舞伎町 毎度毎度の光景
ワッパに腰ひも 覆面と合計
3人の私服と俺
本気で思ったよ
『時間よ戻れ』
バックミラー覗く蜃気楼の新宿
自分を強く強く信じようと韻踏む
ままならない弁解
思い出せば情けなく独りゴールデン街

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「デン街に来たのは懲役終わってからだから、三度目の東京だね」
行きつけのバーのカウンターで、緑茶ハイを口にしながら鬼は言う。
「福島から一緒に来た女とこのへんを昼間ブラブラ散歩してたんだよ。雰囲気にやられちゃって、『こんなとこで働けたら面白くない?』ってなったのがきっかけ。 話にはまだ続きあって、そのまま2丁目まで歩いてったら、まっ昼間から道ばたでサラリーマンが女ボっコボコにしてんの。俺、左の後ろポケットにトリスの瓶もってて、まあそれもそれなんだけど、それ使って女の子を助けたっていう……武勇伝(笑)。そこで終わればまだカッコつくんだけど、人が狂ってるとこ見て完全に溝に入っちゃって。 『なんであんな風になったんだろう?』って新宿御苑を歩いてたら涙出てきて、女に『なんでおめえが泣いてんだよ』って笑われた(笑)。そいつももう結婚したな。『もう泣きたくないから』っていい人見つけて」
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この夜の『ゴールデン街劇場』のライブで、「また元カノが結婚しやがったぜ!」とMCで語っていた彼女とはまた別の、二度目の懲役生活をささえていた女性のことだ。

彼女との散歩からほどなくして、鬼は仲間の伝手でゴールデン街一番街のバー「久」で働きはじめた。それから鬼の歌声のバックに打ち込みのトラックではなく、生バンドの音が鳴りはじめるのに時間はかからなかった。

「ブラついてた時から予感があったんだよ。この街には絶対音楽あるだろうなって。でもヒップホップはないだろうなって。でも簡単じゃなかった。ここまで来るのに十年かかったから」

※後編にはライブ フル動画あり

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